2019.04.17ブログ

水道の歴史と水質汚染

【水道の歴史】

1854年の開国によって国外からコレラが持ち込まれ、明治10年(1877年)頃から、日本の各地でコレラの流行が繰り返されました。コレラは不衛生な飲料水に起因する水系感染症であることから、伝染病防疫の対策として近代水道が布設されることになりました。1887年に当時の中央衛生会は水道布設促進の建議を行い、横浜水道が日本の近代水道の第一号となり給水を開始しました。その後、函館、長崎に水道布設が行われました。1898年に東京で最初に稼働した淀橋浄水場は緩速濾過を用いていました。大正10年(1921年)頃から、日本では水道水の塩素消毒が開始されました。

第二次世界大戦前の日本の水道普及率は40%に達していませんでした。昭和32年(1957年)に制定された水道法により、水道事業者等が塩素消毒を行わなければならないと規定されました。現在は人口規模の大きい東京都、大阪府、神奈川県、愛知県、埼玉県などの水道普及率はほぼ100%です。

【水質汚染】

昭和30年代にはクロムなどの重金属や陰イオン界面活性剤による河川表流水の水質汚染が問題となりました。昭和40年代には水銀、ヒ素などによる公共用水域の水質汚染が問題となりました。昭和50年代には消毒副生成物であるトリハロメタン、溶剤のトリクロロエチレン、テトラクロロエチレンによる水質汚染が問題となりました。昭和60年代にはゴルフ場で使用されるシマジン、チウラムなどの農薬による水質汚染が問題となりました。

【飲料水の事故例】

1854年にロンドンで発生したコレラの流行は汚染源が共同井戸であることをスノーが発見しました。井戸の使用を禁止することにより、コレラの流行を阻止することが出来たという、疫学研究の最初の事件です。

アメリカのミルズ、ドイツのレンケは1893年に河川水を濾過して給水すると伝染病などの死亡率が低下することを発見しました。この現象は公衆衛生における疫学上の大発見と言われています。

平成2年(1990年)に浦和市の幼稚園で井戸水が原因の病原性大腸菌O-157の集団感染が発生しました。

平成6年(1994年)に平塚市の雑居ビルで、受水槽に汚水槽の汚水が流入し、クリプトスポリジウムに730人が暴露、460人が下痢、腹痛を訴えました。

平成8年(1996年)に埼玉県越生町の水道がクリプトスポリジウムにより汚染され、住人8000人以上が感染。

平成23年(2011年)に発生した東日本大震災では、東京電力福島第一原子力発電所から放射性物質が放出され、関東各県の水道から放射性ヨウ素、放射性セシウムが検出され、乳幼児への飲用制限が行われました。

平成24年(2012年)に埼玉県本庄市の化学メーカーがヘキサメチレンテトラミンの処理を産廃業者へ委託したが、産廃業者が未処理のまま利根川水系へ放流してしまいました。流域の浄水場から基準を超す有害なホルムアルデヒドが検出され36万世帯の断水が起こりました。

 
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